自分自身の軸を持って考える

情報が怒涛のようにおける私たちの日常においては、自分軸がないと、いつも人の意見にばかり振り回されて結局何も手元に残りません。しかし、実際に自分という存在は自分によって形成されているわけではないので、自分自身の軸を持とうと考えてもなかなか難しいことがあります。

自分軸を持つ、自分を持つとは?

自分軸を持つには自分を知る必要がありますが、その前にノイズを排除すると早いことがあるようです。例えば受動的に見聞きしている情報をカットしてみる。最たる例はマスメディアや、その他のインターネット情報、噂などですが、情報の大河の中にいると分からないことは一旦外に出てみると非常によく見渡せます。

自分軸を持つ、自分を持つ、ということは、誰かがどうこう言っているからどうするということではなく、自分で考えて自分で決めれる軸があるということです。したがって、周囲のノイズに惑わされてしまうような場合には、まず、そうした状況から抜け出してみるのが一つの道ではないでしょうか。人の意見に耳を傾け過ぎな人は、いつまでたっても自分軸を持つことが出来ません。なぜなら、現実との対峙から回避を繰り返しているだけであることに、気づきにくいからです。

自分で精査できる情報の量は限られる

また、量的に沢山の情報を浴びたところで、その情報を精査する選択眼がない場合においては、戸惑うだけのことも多いでしょう。精査スキルがないために、知らなくても大丈夫だろうと考えていることが、知らなくてはいけないことであったり、知っていることがかえって仇となってしまうことにもつながるからです。したがって、本当に価値ある情報というのは自らが得ようとして得た、能動的に手に入れた情報だけだと考えておく方が有利に働くことが多いようです。

自分軸を持つための第一歩は、自分とそれ以外を一旦切り離して見つめ、その上で関わりを考え直す以外にないようです。その過程で必ず恐ろしい現実と対峙する瞬間がありますが、そこがようやくスタート地点で、そこから思考開始を出来るかどうかが分かれ目ではないでしょうか。

自分軸を持ってはじめて、中立的にインターネットでの情報や価値について精査することが出来るようになります。自分の頭で考え始め、現実と真摯に対峙し始めれば、大切な課題、必要な情報や必要な知識は、ほどなくして、自分の目の前に現れるからです。自分軸、持てていますか?