自分の人生を生きる

誰もが自分の人生を生きていると思っています。しかし、実際には自分の人生ではなく他人の人生を生きてしまっている人も多くいます。人生は自分だけのもののはずなのに、なぜ他人の人生を生きてしまうのでしょう。

自分の人生を生きていない状態

他人の人生を生きてしまう人の多くは人の意見や主張に左右されすぎる傾向があります。ある時期そういうことがあっても良いかもしれませんが、誰それがああ言っているからこうする、誰それがこうしているから自分もこうする、とただ真似をするだけの人生は他人の人生を生きていることになります。日常に限らず仕事においてもです。

他人の人生は一時的にも長期的にもロールモデルとなる場合、自分の力になることもあります。例えばスキルアップをしたい時等のように、学習や訓練を行っている上で、いつでも自分を貫いているだけでは思うようなスキルアップも出来ません。

しかし、自分の軸がないままに他人の言うことだけを鵜呑みにして、それに一度共感したら疑うことさえ―自分に疑問を持つということ―せずに、同調し続けていれば、それはしょうもない宗教にはまっているのと同様で、恭しくも有難いお言葉を頂いてその通りにするだけの人生になってしまいます。

自分の人生には自分の意思が必要

自分の人生は自分だけのものです。そこに人が絡むことはもちろんありますが、最終的には人間は一人当たり一つの意思を持つことが出来ます。自分の人生を生きるとは、そうした自分なりの意思を持つことではないでしょうか。

他人の人生を生きていて楽しいのならそれはそれで良いかもしれませんが、そういう人に限って何かの時に何も自己解決が出来ません。自分の意思がないということは自分で意思決定ができないからです。そのため、いつも誰かが背中を押してくれないと何も決められず、何も行動に移せません。

若いうちは自分の人生を生きようとしても生きられないこともあるかもしれません。しかし、いい大人になってまでも自分の人生を生きていないとすれば、一体その人生は何のためにあるのでしょう。

人生は一度しかありません。他人の人生を生きるのではなく、自分の人生をきちんと生きたいものです。あなたは自分の人生を生きていますか?