女性の人生

女性の人生といっても現代では様々です。人生の途中から女性になる人もいますし、古き良き(?!)女性の人生を歩んでいる人もいます。しかしながら、インターネットで世界を知れる現在、自立した女性としての人生を歩んでいる人は日本にも多くいます。

女性の人生なんて定義はナンセンス

そもそも、女性だからこういう人生を生きなければいけないなどということは最早ありません。海外ではまだまだ女性の人生が決められたレールの上を半強制的に歩まされるような国もありますが、一応先進国の日本では、女性の人生が限定されてはいませんし、少なくともそうならないようにと進んでいってはいます。

結婚や出産等になれば女性特有のものもあるかもしれませんが、知的な仕事や自分がその仕事やビジネスのリーダーであればあるほど、女性と男性とで優劣はありません。謳歌することも出来れば、一歩下がっていることも出来ます。

フェミニストの方々が頑張ったおかげで、一昔前と比べれば飛躍的に女性の仕事も生き方も自由な選択肢があります。結局のところ女性として人生をどう生きるかではなく、人間として人生をどう生きるかが、今、私たちの人生を左右する大きな課題です。

良くも悪くもフェミニズムにポジティブな日本では、女性ならではのアドバンテージさえあり、さらに世の風潮は女性の社会進出を積極的にサポートするもの、と、皆が公には言っています。

女性の人生、男性の人生、希薄な境界線

そうは言っても女性だからでしゃばれない、とか、女性だから向上出来ないとかいう人は、世界に目を向けてみるのが良いかと思います。そもそも日本で一生終えなければいけないなんてルールはありませんし、海外の貧しい国の方々に比べれば圧倒的に選択肢のチャンスがあります。

人生のはじまりの頃と終わりの頃、女性も男性も関係なくなります。今の時代にはその中間の大部分を占める仕事―広義の―においてもジェンダーによる境界線は希薄になっています。

必ずしも新しい男女平等的考えやジェンダーフリーな世の中が優れているとも思いませんが、少なくとも女性の人生を女性としてではなく人間として生きることで、生きる価値が大きく異なってくるのが、人の一生です。

また、これからの時代、より一層女性的感性が仕事に欠かせないものになってきます。もうこうした説明の仕方ですらセクシストっぽい響きがありますが、言わんとすることは、結局のところ、ハイコンセプトハイタッチなどの感性やセンスが極めて重要になるということです。さらに言えばこれからの時代ではなく、もうすでにその時代の中にいます。

男性でも感性やセンスがある人はありますし、女性でも感性やセンスのない人はないですが、女性は女性の人生を無限に生きるように、男性は女性の良いところを大いに取り入れてまい進しなければいずれにしても生き残れません。

女性だから、男性だから、などのように色々と出来ないことの言い訳を探すより、「ならでは」くらい考えられると面白い仕事や人生を作っていけるのかもしれません。