人生における希望

人生においても、あるいは仕事においても、人は希望があるとそれを心の糧として前に進むことが出来ます。絶望の境地にいる時でも、希望があればそれを食べて人間は明日を見ることが出来るのです。

人間は絶望の中でも希望を持てる

有名な話ですが、アウシュビッツの収容所で生き残った人がなぜ絶望の境地で希望を持てたのかというエピソードがあります。その人は次のクリスマスには家族と過ごせる、という希望を持ち続けたから過酷な毎日を乗り切れたとのことでした。

霞を食べて人が生きられないのとは違い、希望を食べて人は明日を見ることが出来るのです。希望は人それぞれどんなにささやかなものでも、どんなに壮大なものでも良いのです。希望があるから今日を生きられる。希望があるから明日を見れる。そんな毎日はどんなに栄えあることでしょう。

人生における希望が見つからないということはないでしょう。ただ、それが漠然としすぎていると、どうやら希望という名の道しるべにはなってくれないようです。例えば幸せになる、というのは希望とは少々ほど遠いものです。具体的にどうなりたい、何が待ってるはずだ、と思えるかどうかが希望かどうかを分けます。

自分にとっての希望は気づくもの

人はどのような環境下でも希望を持つことが出来ます。時間が必要なこともあるかもしれませんが、それでも希望は持つことが誰にでも出来るのです。なにくそ、と踏んばらなければ持てない希望もあれば、ふとしたことから、ああ、これが自分の希望だな、と思えるものが降りてくるかもしれません。

生きていればいろんなことがありますが、人生はそうそう捨てたものでもありません。希望にもいろんな種類があり、きっと人の数ほど人生の希望はあることでしょう。希望が希望であるために必要なことは、それを忘れないということに尽きるのではないでしょうか。

毎日のように思えること、毎日のようにそのことを考えると心に平安が訪れ、一人でにやけられるようなこと。そんな希望が人生に一つでもあれば、生きている毎日はきっと希望の道しるべに向かって進んでいくのではないかと思います。自分の人生における希望、どう見いだせるでしょう?