異なる価値観の交換は自分にも相手にも価値がある

ふとしたきっかけで、様々な人と出会い、見えないながらも様々な感情や考えに遭遇します。そして、老若男女を問わず、類はやっぱり友を呼びます。ただ、類が呼んだ友は同類ですから、コミュニケーション上の問題も少なく、気兼ねなく調和出来ることも多いようです。しかし、異なる価値観を持つ人を呼んだような場合はどうでしょう。

関係性のメリットとデメリット、損得勘定での付き合い

初めて接する人に対し、関係することの利点を考える人がいます。しかし、関係性に対するメリット、デメリットを探そうとすることに終始してしまうと、本質的な価値観のエクスチェンジが出来なくなってしまいます。エクスチェンジとは交換ですから、受け取るだけではなく、与えなければ交換になりません。相互に交換しあうことがエクスチェンジであり、コミュニケーションというのは本来そうあるべきものではないでしょうか。

損得勘定をせずに人と付き合うと良いとまでは思いません。中には損得勘定でこそ付き合うべき人というのもいるでしょう。しかし、メリットのない人とは関係しない、というのは合理的なようで非合理的な矛盾も生じています。

価値基準の判断は現段階の価値基準でしかない

なぜなら、何がメリットで何がそうでないかは、現時点での判断による「基準」に基づいているからです。現時点での基準をベースだと仮定すると、価値観の異なる人との価値観のエクスチェンジはベースを大幅にも小幅にも変化させます。したがって、「基準」となるベースそのものが変わります。

人から学ぶことが多いのは、自分の見たことのない環境や感性、文化など様々なモノやコトを人媒体として伝えてもらえるからです。もちろん同じことはこちら側にも言えます。得るもののない人などいませんし、与えることの出来ない相手もいません。人と接する以上必ず何かを受取っていたり、受け渡したりしています。ただそれが、時としてそれは分かりづらいことはあります。したがって大切なことは、受け取ったことや与えたことの中身が何なのかを知ることとは別のことです。

そういうことそのものが存在することを知り、その行為がコミュニケーションなのだと知ること。そうなれば、誰かと関係し、コミュニケートするだけで互いにバージョンアップしていくのではないでしょうか。よく分からない人、苦手な人、許せない人とでも、バージョンアップできるチャンスはあります。同類だけの枠に閉じこもらないで開かれたコミュニケーションチャネルを多く築いていきたいものですよね。