人生における絶望

人生でも、もしかすると仕事でも、絶望は生きていれば誰もが一度は経験するであろうイベントです。そして、人生の絶望は自分の力ではどうにもならない壁に打ちのめされた時、無力感を思い知らされた時に突然襲ってくるものです。

自分で絶望を絶望だと悟る瞬間

でも絶望が絶望だと分かるには時として時間を要することがあります。ああ、今私は絶望している、と認識出来ていない時です。それでもいずれ、これが自分にとっての絶望だな、と分かる瞬間はやってきます。人生にはどうにもならない出来事が起きます。それは喪失感を伴うものが大半で、喪失感の先に絶望があります。それでも、絶望から人間は復活することも出来ます。

絶望に遭遇したこのない幸運の持ち主はともかく、どのような世代でもジェンダーでもどこの国の人でも絶望感というものについて経験をしていたり、目の当たりにしたことがあるのが普通です。それ程世界には絶望があちらこちらで起こっているのです。人生において絶望に陥ったらどう復活していけば良いのかは人それぞれですので一概には言えません。もしかすると絶望から立ち直れないことだってあることでしょう。それが絶望だからです。

自分で自分の絶望と向き合い直すこと

ヒントになるかはわかりませんが、死の受容プロセスというものがあります。がんの告知をされた場合などで、死を受け入れるのに人間はどのような受容過程を経るのかというものを説明したものですが、五段階に分かれます。

まず、第一段階は否定します。そんなはずはない、そんな馬鹿な、といったところです。第二段階は怒りを覚えます。なんで私がそんな目に合わなければならないんだ。第三段階では取引と呼ばれ、あれやこれやと逃げ道を探します。第四段階では抑うつ。つまり茫然とします。そして最後の第五段階でようやく、受容、つまり死を受け入れることが出来るようになります。

これは死の受容プロセスの説明モデルですが、人生における絶望もほとんど同じようなプロセスを経るのではないかと思います。絶望をいきなり受容するのは大変に難しいことです。自分が死ぬということは、ある種、絶望感を伴うことの一つですが、それ以外に絶望をした時にも同じ過程を経ることが多いのではないでしょうか。

絶望は受け入れなければ次に前に進めません。絶望を受け入れるには時間がかかります。気付くのにさえ時間がかかります。絶望にぶち当たった時、それでも前に進もうとする強い意志をもちたければ、絶望を受け入れるということを考えてみるのも一手かもしれません。絶望とどう向き合えるでしょう?